エコノミー寝台のベッドはペラペラのマット1枚で固いのになぜか心地よく4時のアラームが鳴るまでぐっすり眠っていました。わずかな揺れが船酔いどころか心地よい眠りを誘う感じだったのかもしれません。眠い目をこすりながら1階上の6デッキの外に出て日の出を待ちます。いつ光るかわからないグリーンフラッシュを期待します。が、この時もモヤが多く太陽が薄く見えただけでグリーンフラッシュは確認できませんでした。
日没もそうですが水平線を昇ってくる太陽はホント動くのが早いです。
しかし海は外洋なのにほとんど波がなくベタ凪です。 そこにトビウオが飛んでいます。
そのトビウオの影が水面に映るほど穏やかな海面です。まるで池の上をトンボが飛んでいるようです。
すでに東京から数百キロ南下してきているのにこれほど穏やかなことがあるのでしょうか。
さてベッドに戻ってもう少し眠るとしよう。
7時に船内レストラン営業開始の放送で起こされました。
歯磨きをして顔を洗ってレストランへGO!
洋定食500円にホットコーヒー250円をつけて750円の朝食です。
父島到着の1時間前あたりから「ブービーバード」こと「カツオドリ」がたくさん飛んできました。船に驚いて飛び出してくるトビウオを狙っているようです。
2羽のカツオドリが1匹のトビウオを狙っています。この後左のカツオドリが空中でキャッチしていきました。
こんなに水面が鏡のようになってもいます。
ブービーバード(カツオドリ)はあのアウトドアブランド「CHUMS」のマークのモデルですね。
さあ~島が近付いてきて、いよいよ7月19日11時に父島入港です。
直前にお出迎えがありました。
7月19日11時、予定通り24時間の船旅を終えて、父島上陸。上陸の際は海上保安庁や警察官の見守る中で靴裏の汚れを落としつつ上陸。
ヴィラ・シーサイド
下船するとこの旅でお世話になる宿「ヴィラ・シーサイド」のお迎えが来ていました。
いかにもリゾートなネーミングですが和風な古い民宿です。父島で一番歴史があるのだとか。玄関を入るとこんな感じで、時計の下がトイレ、その左がお風呂です。
2階に上がると共同の冷蔵庫、その先に4部屋あって一番右の部屋が我々の部屋になります。
3人で場所決めじゃんけん!2段ベッドの上は上り下りがめんどいし暑そう! 畳に布団は夜中に立ち上がるのが辛い!ってことで狙いは2段ベッドの下の段!!「最初はグ~、ジャンケンポ」やった~2段ベッドの下の段確保!!
ということで昼食と予約しておいたバイクを借りに出かけます。
お昼ご飯は「波喰波喰(パクパク)」という店で「島魚の刺身定食」1500円くらいだったかと。
船が到着するとメインストリート沿いの2件のスーパーがてんてこ舞いな様子。生鮮野菜の箱がどんどん減っていき、豆腐や卵もどんどん売れていく。週に1回の船の到着を心待ちにしていたかたがたがどんどんスーパーに吸い込まれていきます。ただ、獲れたての魚はすべて東京に送られ、どちらのスーパーも鮮魚の扱いはありませんでした。
さて、お腹も膨れたので滞在中移動の足になってくれるバイクを借ります。
なぜ車をやめてバイクにしたのかというと、滞在中昼間はほぼ海パンとラッシュガードを着て砂だらけのマリンシューズを履いています。そしてきれいな海岸があれば即停車して泳いで、そのまままたバイクで移動するということを想定して、機動力があって濡れても気にしないバイクにしました。
走っているうちに海パンやラッシュガードが乾いてくるし、どこでも停められて結果大正解でした。
星見の時は大型双眼鏡は前かごに入れ、カメラレンズ類はリュックで背負い、三脚類は40リットルのコンパクトバッグに入れて足元に置き、ゆっくり走る分にはこれでバッチリです。
展望台ウェザーステーション
まず行ったのは星見場所の下見「ウェザーステーション」。ここはおがさわら丸から高台の上に東屋が見えていました。
実際に行って見ると南東から北西にかけて水平線の丸さを感じるほどの雄大な眺めです。
この素晴らしさを動画でどうぞ!
パノラマ写真も撮ってみました。
星見はここで良いと確信し、島一周走ってきましょう。バイクに乗るのも30年ぶりくらいですが全く問題なし、絶好調!
まずは北側の宮の浜園地へ~北側のせいは少し暗い感じがしてパス。
そこから「夜明道路」を走って東京天文台VERA小笠原観測所を目指いします。
国立天文台VERA
VERAプロジェクトというのは水沢・入来・石垣島・小笠原の4か所に直径20mの電波望遠鏡を立てて、それぞれを結ぶことで直径2300kmの電波望遠鏡に匹敵する性能を有するというものです。
その一つがここ小笠原の父島にあるので見に行きます。
JAXA・時空の柱
そして少し離れたところにJAXA小笠原追跡所があります。
こんな山道を走っていても全くセミが鳴いていないのが不思議な感じです。
ここまで渡ってこられないのか~。
ここは見学はできず閉ざされていました。
ここから少し先に行くと「時空の柱」という石碑があります。
「時空を超えて 南へ1000km 夜明けを迎える島 夜明山」と刻まれています。
ここから夜明道路を道なりに行くと湾岸通りに交わり扇浦海岸に出ます。
そこから目指すのは堺浦海岸の沈船「濱江丸」。
沈船「濱江丸」
濱江丸を調べてみると以下のように書かれていました。
「旧満州国の「濱江省」という省名より名付けられた濱江丸は、陸軍から徴用され、南方方面の軍需物資の輸送に使用されました。昭和19年6月12日、本土よりサイパン島に向け船団航行中、サイパン島北方洋上において、米機動部隊の激しい爆撃と銃撃を受け、航行不能となりました。幸いにも沈没はまぬがれたので、応急処置を行い航行中、7月末頃、父島近海において再び米機動部隊の攻撃を受けました。魚雷が数発命中し、船は、漂流の後、現在の地に座礁しました。(海上自衛隊 父島基地分遺隊HPより)
この時iPhoneはこんな防水ケースに入れて首から下げていました。
砂浜から約100m先か~泳げるかな~。30年前なら1000mや2000mなら何とかなると思っていましたが今や100mを泳ぐ自信もない。あたりを見渡すと発泡スチロールの切れ端が落ちていたのでそれをビート板がわりに持って泳ぎ、やっとのことでたどり着いたが、グローブをしていないので捕まることができない。
なんとか立てるところに立って1枚!
iPhoneを水に沈めて1枚と思ったがうまくいかない、シャッターが押せない。
であればセルフタイマーにしてシャッターを押して沈めて自動シャッター!おお~うまくいった!!
であれば~動画なら~
シュノーケルを付けていれば何とかなりそうだ!
しかしこの船75年も経って今なお残っているのは凄いな~潜って1周したくなりそう。
ベタベタのままバイクにまたがって次に向かったのは枝サンゴが美しいという製氷海岸。
ここはスイミングゴーグルをつけて水中を覗いてみます。もちろんiPhoneの動画も。
ああ~疲れた! 宿に戻って風呂に入ろう。
すっきりしてしばらくすると夕食の時間になり食堂へ行きます。
豪華な夕食ではないが美味しい家庭料理です。
父島の星空
夕食後に買い出しかたがた海岸を散歩して、暗くなる前に下見をしておいたウェザーステーションへフル装備で向かいます。
到着すると金星が沈みかけているので三脚も出さずに手すりにカメラを置いてレリーズもつけずにとりあえず1枚。
ベタ凪の海に「金星の道」がくっきり! 明るい金星の上にしし座と火星が見えています。
どんどん暗くなってくるととんでもない星空が見えてきます。
セレストロン8㎝20倍双眼鏡で天の川を流すのが楽しすぎる!!「なんだ!この空は!!」
御岳や乗鞍の空も凄いと思っていましたがそれをはるかに超え、もう星座がわからない。
以前オーストラリアで星見をしたときに曇ると真っ暗で目の前の木が見えなくなりぶつかってしまうが、晴れると星明りで回りが見えてくることがありました。その時天の川の明るさで白い紙の上にかざした手の影が見えたことがありました。
そこまではないかもしれませんが、本土では見ることができないほど濃厚な天の川が流れています。
ポラリエに載せた改造EOS6Dに17㎜レンズにスターエンハンサーフィルターを付けて1枚。
さそり座が高く昇り、水平線まで続く天の川がなんとも美しい。
画像処理技術がないためにJPGしか撮らないし、ほぼ撮って出しなのが少し残念なのかも。
双眼鏡でアンタレス付近を見るとM4あたりから暗黒帯が流れているのが見えるような気がする。
10度も高い位置にあると干潟や三列・オメガなども良く見えるし位置が違う感じがしてまるで別物に思えてしまう。
本州からは見えないさそりのしっぽの下を眺めるも、このあたりはほとんど見たことがないので知識がないのが悔やまれる。星図は持ってきてないし、アプリで確認すればよいのだが折角の暗順応が画面の明るさで解除されるのが惜しい。
じょうぎ座・さいだん座・ぼうえんきょう座があるはずだが全くわからない。
まあゆっくり双眼鏡で眺めて目に焼き付けよう。
そんなところにシンガポール在住という親子がやってきたので星空案内をして、M4、アルビレオ、昇ってきたばかりの土星をBORG71FLで見てもらいました。
あの少年、すごく喜んで帰り際まで「望遠鏡が欲しい~図鑑が欲しい~」と言い続けていたがその意欲を保ってほしいものです。
昼間に遊びすぎたせいかまだ22時なのに非常に眠くなってきた。
満天の星空を堪能し、最後にノーマルのEOS80Dでも天の川を撮って23時撤収。
宿に戻ってそのままばたんきゅ~。
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